かわいそうな子供

 兄さんがそっと、僕の頭をなでている。
 今日、僕がいじめられて帰ってきたからだ。僕は顔の右半分をおおうこの赤黒いあざのせいで、同級生からいじめられている。
 兄さんはそんな僕をなぐさめてくれているつもりらしい。
 僕が、いじめられることよりもなによりも兄さんの同情をつらいと思っていることなんか、思いつきもしないに違いない。
 僕は兄さんが大嫌いだった。
「あんまり気にするなよ。高校に入ればこんなこともなくなるさ」
 そうは言うけれど、そんな保証がいったいどこにあるって言うんだろう。
 中学生と高校生なんて、ほとんど年なんか変わらない。小学校から中学校にあがったときだって、そんなに劇的に環境が変化したりはしなかった。あと1年で僕は高校生になるけれど、そんなにすぐに大人になれるとは思わない。
 まっすぐで素直でやさしくて、よくできた兄さん。
 だから兄さんには、苔みたいに生きてきた僕の気持ちなんかわからない。
 ぼくはさりげなく、兄さんの手を払った。
 でも兄さんは僕が動いた拍子に手がはずれたと信じているらしく、また同じところに手をやってくる。
 はっきり言ってしまったら、兄さんはどうするんだろう。ふと思った。
 できないのはわかっているけれど、僕はよく、そんなくだらないことを考える。
 兄さんは泣くだろうか。それとも、優等生の顔をくずさずに、ちょっとだけ眉を寄せるだろうか。
「平気だよ」
 けれども僕は、そんなことはおくびにも出さずにつぶやいた。兄さんは目を細めてうなずきながら、なおも僕の頭をなで続ける。
 僕はもう、子供じゃない。
 大人じゃないけど、子供でもない。
 そう思うけれど、これもきっと、兄さんにはわからないだろう。
 僕には兄さんの考えていることはわからないけれど、それは兄さんだって同じはずだ。兄さんが僕の考えていることに気づいてなどいるはずがない。もし気づいていたら、こんなふうにのんきの僕の頭をなでていたりはできないだろう。
 兄さんのくちびるに触れてみたいと思い、風呂上りの姿に欲情していることを知ったとしたら、こんなふうに気軽に僕に触れたりなど、できないはずだ。
 あざがあってもお前はお前だと兄さんは言う。あざくらいでお前が損ねられたりはしないのだと、まるで自分に言い聞かせるかのように、何度も何度も口にする。どんな姿であってもお前は僕の大切な弟だと。
 でも、僕が自分をそんな目で見ていると知っても、兄さんは同じことが言えるのだろうか。
「強がらないでいいさ。泣きたかったら泣いたらいいんだ」
 兄さんからは見えないように、僕はそっと苦笑した。
 僕がこらえているのは涙などではない。
 そんなことにすら気づいてくれないから、だから兄さんが嫌いだ。大嫌いだ。
 兄さんの同情が、僕をかわいそうな子供にする。兄さんが同情するのをやめないかぎり、僕はかわいそうな子供以外のものにはなれない。大人になれない。だから兄さんへの恋心を忘れられない。
「泣きたくなんてないよ」
 正直に口にした僕を抱き寄せ、今度は背中をさすってくる。どうしてこうも無防備なのだろう。僕は内心ため息をついた。
 僕は鈍感な兄さんのことが誰より好きで、だから大嫌いなのだ。